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構造技術者の憂鬱 [Seismic Technology]

 

一般的に「地震とは?」の問に対してどう答えるか。地震の特性を

述べるものなのか、地震に対する思いを述べるものなのか判断し

難い。地震の特性云々は世に出回っている専門書や解説書の内容

を知っていれば答えることは容易であり、ほとんどは同じような

答えである。

しかし,地震に対する思いとなると、実際に地震に遭遇したかしな

いかよってその答えは大きく違ってくると思う。地震に遭遇し

生死に関わるような経験をした人や親しい人を亡くした人にとっては

恐怖や忌まわしいもの以外の何ものでもないと思う。しかし,

地震に遭遇した事の無い人にとってはどうであろうか。

昨今の豊富なマスコミ情報によってあたかも自身が体験したかの

ように感じる人もいれば、日常多々あるニュースの一つと捉える

だけの人もいる。その見方は様々であるが、実体験した人の

思いとはかなり隔たりがある。程度の差はあるものの地震に

対しては命を脅かす怖いものと捉えられている。地震に対する

恐怖心の根源は、生命を脅かせることにほかならないのだが、

地震の揺れそのものが人間に危害を与えることは通常は

あまり考えられない。

それはこういうことである。周りに何も無い平坦なところで

激震に遭遇しても、まともに立っていられないで転倒する

ことなどがあるかもしれないが命を奪われることは

ほとんど無い。

しかし、地震に遭遇する場所を大都会の路面に移すと全く

状況が変わってくる。自分の周りにある建物、電柱、電線、

信号、看板等が激しい揺れにより凶器と化す。

つまり地震そのものが危ないのではなく地震によって

揺らされるものが人間の命を脅かす。

日本と同じくニュージーランドも地震国であるのだが、過去

大きな震災があったと聞いたことが無い、それは人間より

羊の数の方が多いお国柄で、国土の大部分が、人間が

住まない土地であるため地震が起こっても被害を

受けることが少ない。


 
 地震の揺れによって動かされるものとは、自然物では海、山など

であり、そして全ての人工的な物(建造物、設備、道路等)である。

海が揺れれば津波、山が揺れれば崩落が発生する。また人工物は

倒壊、落下が発生する。特に、人が被害を受けるか受けないかは、

地震時にどこにいたかで結果が違ってくる。

日本の都市部となると後者の被害が圧倒的に多くなる。例えば

阪神・淡路大震災での死亡者の88%の死因は家屋、家具類等の

倒壊によるものであった。

死亡者以外でも同様の原因多くの被害者が発生している。当震災を

引き起こした地震は早朝発生したことと、特に戸建住宅にダメージを

与える地震特性(短周期波)でもあったため、戸建住宅での被災が

多かった。それ以降戸建住宅の耐震性能がクローズアップされた

ことは記憶に新しい。しかし、もし地震発生の時間帯が1~2時間

後にずれていれば各交通機関、公共施設等で不特定多数の人々が

被災し、人的被害はもっと増えていたはずである。

 もうお分かりのように地震による被害、特に人的な被害は、地震の

揺れによるものはなく、人の周辺にある揺らされたものが直接的な

原因になっている。つまり周辺環境の違いによって大きく変わる。

その環境の構築では我々建設会社が携わっている部分がほとんど

であると言っても過言ではない。我々が造っているものはシェルター

でもあるが凶器にもなりえる。普段はシェルターの顔をして、

地震時に豹変するものほど恐ろしいものはない。

まずは我々が造る建物がどんな場合でもシェルターであり

続けられるように考えることから始めなければならない。

耐震技術はそのような思いがあってこそ成り立つのである。
 
 さて、その耐震技術に携わる構造技術者にとって

「地震とは?」何であろうか。

それを述べる前に建築・土木構造物の特殊性について

説明する。建築・土木構造物を工業製品と捕らえると、その

特殊性は他の工業製品と比較してスケールが格段に

大きいということと、一つ一つが異なる特注品であるという

ことである。このため製品の真の強度と耐久性

を把握することができない。

例えば、自動車ならば、実物で衝突安全性試験などを行い

製品の安全性能を確認することができる。

しかし、建築・土木構造物で地震の揺れを与えて実大実験する

ことなど不可能である。

つまり、その特殊性のために建築・土木構造物では、真の

強度・耐久性を確かめることができない。そのために

構造技術者は様々な考え方、理論や模型実験、

部分実大実験の結果を駆使することだけで構造物

の性能を推定し、その上それを保証しなければならない。

このように世の中において、全ての構造物が真の性能を

確認しないまま世に送り出されているというのが

正直なところである。
 
 いざ地震が発生すると、まさしく被災地は構造技術者にとって

自分が携わった構造物の「実大実験の場」となってしまう。その時、

建物が被害を受けていないだろうかなどと不安を抱き、その建物が

無事であることが確認されて初めて胸を撫で下ろすのである。

できるなら地震にあわないで建物の寿命を全うして欲しいというのが

本音である。

このことは一部の構造設計者だけにとどまらず、日本の

構造界全体にいえることである。現に大きな震災が起こった

節目に構造技術に関する基・規準が大きく改訂されている。

言い換えれば大きな震災が起こり、そして被害が発生して

初めて分かる不具合が改善されているということである。

阪神・淡路大震災(1995年)で1981年に施行された

新耐震設計法の妥当性が検証されたといっても過言

ではない。但し、直下型地震の短周期地震動に対してである。

だから現行の基・規準といえども多くの不確かな

要素(高層建物対する南海地震等の海洋型地震の長周期

地震動の影響など)を含んでいるので100%完全なものではない。
 
耐震技術に限界があることと、その限界のため構造技術者が抱く

憂鬱感について述べた。

これは決して耐震技術の現状を否定するものではなく、それには

限界があるということを理解してもらい、現在示されている

基・規準が最良ではあるが100%完全なものではないということ

を知ってもらうためである。

構造技術者は自らの業務に自信を持ちながらも、

「 地震が発生したら・・・」

との憂鬱感を常に持っている。


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コメント 4

dakaryellow

地球、は活動期に入っていると聞かされましたね・・・
阪神大震災が遠い記憶になりつつありますが、実際に
最近被害にあわれた方々を拝見すると、またあの日の
ことを思い出さずにはいられません。
あの日(1/17)をさかいに、考えがまったく変わり
ました・・人間は自然の大きな流れには逆らえず、
目には見えない力に圧倒されてしまう。
by dakaryellow (2007-07-19 00:54) 

falconB3

dakarさま
長々とした難解な文章をお読みいただきありがとうございます。
地震はつい今まで自分を守るシェルターだと思っているものを
凶器に変えてしまう恐ろしさを持っています。
しかし、人間の知恵によってそのようなことは防げます。
この自然の大きな流れには、しなやかに立ち向かわなければ
ならないと思います。
まともに対抗したら負けてしまいます。
おもしろいことにこのようなシチュエーションは人間関係にも
ちらほらあるのでは。
悲観的にならず、しなやかな心、考えを持って前向きにですか。
地震を制するためにも、常にそのような考え方をしていますよ。
by falconB3 (2007-07-20 04:48) 

面白く読ませていただきました。
あ、勿論、地震の被害を軽視してのことではありません。

>地震の揺れそのものが人間に危害を与えることは・・・
納得です。

地震に限らず、実に多くの犠牲の上に成り立っている事実ってありますね。

昔、バリに旅行に行った時、現地のガイドの方から教わったのですが、『バリの建物はココナツより高い物を立ててはならない。』
のだそうです。
過去に一度、とても大きな地震があったそうですが、被害は殆どなかったのだそうです。
当時のバリの建造物は、釘を使わず、木を組み合わせて作るのだとか・・・・
だから、地震の被害に合わなかった・・・わけではないのでしょうけれど、なんとなく、そんな話を思い出しました。

falconB3さん、こういう話し、たまにはして下さいね(笑)
それと、カテゴリーの名前の付け方がカッコいいですね。
by (2007-09-29 20:59) 

falconB3

ゆきさん
私のコアな話題をお読みいただきありがとうございます。
多くの犠牲者がでて、やっと改善されるのが当たり前
のようになっていますが、本当は事前に手を打つべき
なのでしょうね。なかなか、難しいことですが。
バリのお話は、『あまり高い建物を建てたら危ないよ。
釘を使わず、木を組み合わせて作るのだから、それ
相応の建物にしておきなさいよ。』
ということなのかなと思います。
何でも無理して背伸びしたら、ダメということ
かもしれませんよ。
また、このカテゴリーの話題を載せますので
楽しみにしておいてくださいね。
by falconB3 (2007-09-29 22:05) 

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